吉田一郎不可触世界 「えぴせし」
前作「あぱんだ」よりも目指す的が絞られている印象を受けます。ざっくり言えばオルタナティブ R&B ということになるかと思いますが、どの曲でもシンセサウンドは80年代風の良い意味でのチープさを残した音作り、なおかつ隙間を活かしたラフな構築で深い奥行きを生み出すというバランス感覚の妙。その中でメロディは一貫して侘しさを滲ませ、歌詞の言語感覚ではシュールな遊び心も見せたり。一応ベースプレイも所々で挿入されてはいるものの、あくまで主役は彼自身の歌であり、ソングライティングであると。「phoenixboy」なんかはノスタルジックでドリーミーな感触が特にジワリと染み入ってくる。ただ全体的には、"不可触世界" と銘打つほどに孤高の領域に踏み出しているかと言うと微妙かな…というのも、中心にあるメロディがあまり良くない意味で俗っぽい進行になる瞬間がよくあるのですね。特に表題曲「えぴせし」のサビで見せる J-POP 感はどうも他所からの借り物感が否めず、サウンド面で生み出している絶妙な温度感を損なってしまっているように思う。ポップと実験の狭間を掻い潜る方向性は面白いですが、中途半端に陥ってしまってる気も。
Rating: 5.8/10
吉田一郎不可触世界 - えぴせし / Yoshda Ichiro Untouchable World - EPITHESI
Okkyung Lee 「Yeo-Neun」
今作を聴くに当たって過去の作品もいくつか辿ってみたのですが、どれもまあ凄まじくて思わず身震いしましたね。フリーキーな即興演奏を主とし、チェロ特有の厳かで緊張感のある響き、それが時にはドローン音響の幽玄な雰囲気を纏ったり、弦の軋み音を大きく生かしてノイズ方面へのアプローチも見せたりと、Tzadik や Editions Mego といった異端派レーベルを渡り歩いているのも納得な、アヴァンギャルド極まりない作風。しかしながらこの新譜では様相が大きく異なっていて二重に驚かされます。ハープ、ベース、ピアノを交えてのカルテット編成で、楽曲は即興ではなくプロパーな作曲に基づいたもの。常に静謐を湛えた雰囲気の中、雫が水面を打つような軽やかさでハープとピアノが交錯し、やがて浮かび上がる繊細なメロディには何処となくアジア由来のエキゾチックな感触も。そこにチェロとベースの低音パートが加わることで全体の音像がグッと引き締まるわけですが、彼女のチェロはこれまでの強烈な個性を慎重にコントロールしており、全体の調和を第一義とすることで新たな側面を提示することに成功しています。思わず陶然とするほどの澄み切った美しさ。
Rating: 8.2/10