Plastic Tree エッセンシャルトラック10選

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今年はメジャーデビュー20周年「樹念」ということで様々な企画を発表している Plastic Tree 。当ブログでは随分前にカタログ総ざらい記事をアップしておりますが、この機会にまた改めて彼らの軌跡を振り返ってみたいと思います。いつの間にか20年にも及んだキャリアの中で、特に重要であろうと私的に認識している10曲です。以下時系列。




割れた窓 (1997)

この記事をアップした本日6月25日こそが、ちょうどこのメジャーデビューシングルのリリース日でした。鋭くヒステリックなギターサウンドに、妙に不気味な印象を植え付けるベースライン。80年代ゴシック/ポジティブパンクの影響色濃いアップテンポ曲ですが、こういうベタついたダークネスを発散する曲調は後々のプラを考えてみても意外と異色なもの。デビュー時にも拘らず様々な実験を試みていた「Hide and Seek」の中の、最もキャッチーな一端ということでシングルカットされたのだと思いますが、こういう雰囲気を意図的に醸し出していたバンドは当時にも他にいなかったのでは。他の単純な真似ではない、深いルーツを感じさせるダークネス。




絶望の丘 (1998)

アクロの丘、メギドの丘と並ぶ90年代V系3大丘ソングのひとつ。陰鬱なゴシックから一歩抜け出し、90年代オルタナティブロックへの接近、つまり彼らにとってのもう一つのルーツとの折衷を図った名曲。演奏自体はオーソドックスなバンドサウンドを地で行くもので、だからこそプラが本来持ち合わせていたアンサンブルの呼吸、技量の高さがきっちり出てる。ドギツいタイトルだけれど暖かみのある優しい曲調、しかし歌詞世界の繊細さ、危うさは悲しみと安らぎが混濁した感情のニュアンスを絶妙に表現しています。また当時の MV で見せていた竜太朗の特徴的なメイク、これが Plastic Tree というバンドのイメージを決定づけていましたね。




トレモロ (1999)

名盤「Puppet Show」を作り終えた後の彼らは良くも悪くも「やりきった感」が強く残り、今後の方向性を模索するのに苦労したとインタビューで語っていた記憶があるのですが、ここでは順当に「Puppet Show」と地続きの路線を踏襲し、上記の「絶望の丘」と合わせて Plastic Tree のパブリックイメージをより強固なものとしています。西洋童話のようなレトロで歪んだ美しさを持った世界観は、彼らが形骸化したスタイルに囚われない、本来的な意味での「ヴィジュアル系」だと呼ぶに相応しいもの。同じことが繰り返されながら少しずつ形を変えていく、表題はその流れを象徴したもの。




グライダー (2002)

2001年にはドラマー Takashi の脱退やワーナーとの契約終了が重なり、ひとつの岐路に立たされたプラ。これまでほぼプレイヤーに徹していたナカヤマアキラがここで本格的にイニシアティブを取り、多くの楽曲制作を手掛けるようになりました。COALTAR OF THE DEEPERS サポートの経験を活かした、今までとは見違えるほどのメタリックな爆音ギター。ディーパーズ譲りなので単純なメタルにはならず、シューゲイザーの要素も含んだ複雑なテクスチャーではあるのですが、それにしても随分と思い切った改革。当時はこの変化に賛否両論が飛び交っていたのですが、次のステップに移るために彼らは勇気ある決断をしたということでしょう。その変化が特に如実に表れた一曲。





メランコリック (2004)

端正な疾走感と歯切れの良いギターストローク。最近のライブではすっかり定番と化しており、今現在のプラのスタンダード的な曲調でもあるのですが、敢えてザックリ言うならロキノン系ですよね。ヘドバンでもモッシュでも咲きでもなく、腕を突き上げて指差し確認するのが最も相応しいノリ方。こういうのも90年代のプラではちと考えにくかった。調べたところ彼らが最初に ROCK IN JAPAN に出演したのが2011年。それまでの間にもこの手の楽曲は定期的に発表されていたし、彼らがロッキンに到達するのは必然的な流れではあったと思います。少なくともこの時点で彼らはどんなシーンにも対応できる柔軟な姿勢をすでに獲得していました。




Ghost (2005)

上記の「グライダー」でもメタルの影響は十分出ていましたが、その影響が進行していよいよ臨界点を突破したのがこの曲。ギターは7弦、ベースは5弦を用い、エゲツない重低音でザクザク迫り来る本格メタル曲となっています。イントロの極悪リフだけで何杯でもメシが食える。ただこれだけ振り切れた曲であっても、竜太朗がヴォーカルを乗せさえすれば何となく Plastic Tree になってしまうという、ある種の力業が成り立つようになったのがゼロ年代のプラ。まあこれ以降ここまでメタルメタルしてるのはこの曲くらいで、結果的に飛び道具的な扱いになってはいるのですが。




空中ブランコ (2005)

90年代に「サーカス」という名曲があったように、そのアップデート版としてこの「空中ブランコ」があります。徐々に洗練と幅の拡張を推し進めていたゼロ年代のプラが、ここでデビュー当初の世界観へと原点回帰。悪い夢のように悍ましくも美しい、それでいてあまりにも繊細で儚い、これぞ彼らならではの世界観。そこに紆余曲折を経た上で獲得した骨太で力強いアンサンブル、またギターサウンドの多彩さも光り、単なる懐古ではなくあくまでも現在進行形の Plastic Tree をアピールする代表曲です。2016年の VISUAL JAPAN SUMMIT に出演した際、この曲がラストに演奏された時は非常に感慨深いものがありましたね。彼らの世界は幕張メッセの大きなフロアをすっかり飲み込んでいた。




Thirteenth Friday (2011)

ライブ SE が My Bloody Valentine「Only Shallow」だったり、ツアータイトルにも「Shoegazer」だの「Slow Dive」だの名付けてみたり、彼らのルーツのひとつにシューゲイザーが在るのは自明の理という感じでしたが、音楽的にここまでシューゲイザー要素を盛ってきたのはこの曲が初めて。「Loveless」直系の不協和音ギターノイズの嵐、その中で不明瞭に呟かれる歌声。あまりにも忠実なマイブラ再現っぷりで微笑ましさすら浮かび上がるのですが、このノイズの心地良い浮遊感というのも彼らの血として消化されきってるものであり、従来の個性と自然に合致してる、そのハマり具合にもまた笑みが零れてしまう。この曲と上記の「Ghost」が一本の糸で結ばれるバンド、それが Plastic Tree ということです。




くちづけ (2012)

様々な方面への実験を繰り返しながらも、それらが決してとっ散らかっていたり浮ついた様子に見えないのは、やはり彼らの一番奥底にひとつの確かな幹が存在するからで、時代によってその幹は少しずつ形を変えてはいるけれど、いつの時代のファンにとっても馴染みやすい味として表出していると思います。では今現在の Plastic Tree にとってその幹の部分が分かりやすく打ち出された、所謂名刺代わりと成り得るのはどれかと言うと、自分としてはこの曲じゃないかなと。もはや職人技と言えるギターサウンドの複雑な構築性もさることながら、冷たい水のようにスッと胸の内に浸透する、今にも消えてしまいそうな切なさを孕んだメロディ。これをプラ節と呼ばずして何と呼ぼうか。普遍性のある秀曲。




マイム (2014)

そしてここが直近のライブにおいてハイライトとなる新代表曲。これまでにもデジタルエディットやダンスビートを導入する試みは度々ありましたが、それが完全にバンドの板についた形で結実しています。陽気なパレードのように軽快に跳ねるビートには、おそらくここ数年の野外フェス経験、また後進のバンドからの影響もあったのかもしれません。それでもメロディの翳りは薄らぐことなく、むしろファンキーなリズムとの対比で奇妙な味わいを生み出してる。MV のようにヒラリヒラリと歌い踊る竜太朗のステージングが曲から容易に想像できる、という点だけでも彼らの試みは成功でしょう。




以上で10曲です。シングル曲中心のセレクトになってしまったため重度の海月の方々には物足りないかもしれません。そういう方は声を大にしてこういう曲もあるぞと発信していきましょう。何ならブログ書くと良いのでは。喜んで読みます。