2010年代ベストアルバム100選(後半)

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前回に続いて、2010年代総まとめの後半です。また長いですがよろしくお願いします。



50. ENDON 「THROUGH THE MIRROR」

THROUGH THE MIRROR (スルー・ザ・ミラー)

2人のノイジシャンが放つハーシュノイズの重層に、メタルコアの直線的かつ肉体的なアグレッションまで追加。それは間違いなくエクストリームな攻撃性を放っているのですが、その突き刺さるよう爆音の内側には不思議と心地良い浮遊感も含まれ、ニューウェーブ由来のナイーブで耽美的な雰囲気すらも感じ取れる。いったい何処までが計算で何処までが偶発なのかは定かではありませんが、何にせよ単純にメタルにノイズを加えただけでここまで複雑なニュアンスが生まれるはずがない、という意味で全体から受ける印象は極めて理知的なもの。悪意やニヒリズムが突き抜けて美しさにまで到達する、テン年代随一の怪盤です。

ENDON "YOUR GHOST IS DEAD" (OFFICIAL VIDEO)




49. cali≠gari 「12」

12(狂信盤)

音楽はリズム、ビートがモノを言う。ドラマー武井誠の脱退で先行きが不透明になったように見えた cali≠gari は、代わりにゲストの辣腕プレイヤーを多数迎え、これまでにないほど鮮烈でパワフルな、第8期というフェイズの新しさを提示することに見事成功しました。思えば彼らはかつて、バンドのアングラなイメージを強烈に決定付けていた前ヴォーカルが脱退した時ですら、その致命的とも言えるピンチを見事チャンスに変え、さらに大きな支持を獲得していました。他のバンドならパワーダウンしていても何ら不思議ではない状況を乗り越え、しかも音楽的にきっちり前進を果たすことが出来ているというのは、やはり彼らは特異としか思えない。

紅麗死異愛羅武勇 / cali≠gari




48. Low 「Double Negative」

DOUBLE NEGATIVE (IMPORT/CD)

スロウコア/サッドコアの先駆けとしてお馴染みの彼らですが、「サッド」という言葉だけではもはや収拾がつかないほど、今作の音像は極めて鋭利なものと化しています。元のバンド演奏はほぼ解体されてエレクトロニックな意匠が主体となり、圧縮して押し潰したようなグリッチノイズや茫洋としたドローンサウンドが蔓延。その結果生まれた楽曲は人肌の熱を全く失った仕上がりで聴き手に強く畏怖を感じさせる。クローザー「Disarray」は彼らならではの甘美なメロディセンスが比較的多めに盛られていますが、そこで歌われているのは救済などではなく、むしろポリティカルとも言える警鐘。総じて時代の軋みが産んだような作品です。

Low - Quorum [OFFICIAL VIDEO]




47. Bring Me the Horizon 「Sempiternal」

SEMPITERNAL

テン年代ヘヴィメタルバンドの中で最も大きな躍進を遂げたのはこのバンドかもしれません。現在のメタルシーンに閉塞感を覚えた彼らは、初期のデスコアから瞬く間に音楽性をシフトチェンジし、ある程度のブルータリティを維持しながらエレクトロポップ方面への接近を見せ、その結果 UK 、US 双方で多大な支持を得ることに成功しました。その音楽性の移り変わりの中で、ポピュラリティと攻撃性のバランスが最も絶妙な塩梅となっているのは、個人的にはこのメジャー進出一発目ではないかなと思います。身を擦り切らせるようにして放たれる激情、真に迫った悲壮感と壮大なスケール。その余りにも凛とした佇まいよ。

Bring Me The Horizon - Can You Feel My Heart (Official Video)




46. Primal Scream 「More Light」

モア・ライト

2000年作「XTRMNTR」以来の総集編。ブルースがあり、フォークがあり、ガレージパンクがあり、エレクトロニクスがあり、何よりマッドチェスターの再来もある。しかしここでは「XTRMNTR」で見せていた辛辣なまでの毒々しさや緊張感など、攻撃的な要素は控えめとなっています。その代わりにあるのはポジティブなバイブス。と言ってもただ能天気に踊っているわけではもちろんなく、「2013」や「Culturecide」では極めて冷静かつシビアに現実を直視したり、「Relativity」ではかなり直接的に怒りの感情が発露されてもいる。しかしそれら全てが最終的には、アルバム表題にもある通り、光を目指し、掴み取るための力へと帰結しています。これが彼ら流のエンパワーメント術。

Primal Scream - It’s Alright, It’s OK (Official Video)




45. STUTS 「Pushin'」

Pushin'

今や星野源にフックアップされ、紅白のオープニング音楽を担当するまで名を上げた彼。それもそのはず、このデビュー作を聴けば彼がヒップホップに根を張りながら、決してそこだけに留まらないグローバルな窓口の広さを持っていることがすぐ確認できます。音ゲーフリークよろしく MPC を忙しない指使いでフル活用しつつ、それが単なるテクニックの品評には陥らず、躍動的なグルーヴと豊かなスケール感で広がるくハートウォーミングなメロディと、この時点ですでにポップスの新たなスタンダードと成り得る普遍性を確立するに至っています。特に PUNPEE 参加の「夜を使いはたして」はすでにアンセム化してると言って良いでしょう。

STUTS - 夜を使いはたして feat. PUNPEE (Official Music Video)




44. 相対性理論シンクロニシティーン」

シンクロニシティーン

このアルバムも今聴いた方が色々と再発見が多いような気がします。全体の流れを作る主幹となっているのは真部脩一のペンによる楽曲ですが、作曲者のクレジットが多様になっていることからも分かる通り、メンバー全員で楽曲を練り上げることで本来の持ち味はよりカラフルなものに。なおかつメロディと歌詞の組み合わせではよりキャッチーな落差を追い求め、バンドを次のレベルへと押し上げようと試行錯誤している、その最中の充実感、緊張感のようなものも背後に透けて見えるように思います。結果的にこの頃のメンバー編成は破綻してしまいましたが、その後の各人の活動を見れば、その経験も決して無駄ではなかっただろうと。

相対性理論『ミス・パラレルワールド』




43. Tyler, the Creator 「IGOR」

Igor

そもそも初期のハードコアな作風もそうだし、これの前作「Flower Boy」でメロウな方向へ大胆に舵を切り返した時も、何故か彼にはどっしりした安定感のようなものが見えず、良くも悪くも線の細さと言うか、ふとした瞬間に崩れ落ちそうな繊細さを裏側に感じます。ただそれは決して単なる弱点ではなく、むしろそれこそがある種のリアルな人間味として、彼特有の魅力に転じていると思うのですが、その「味」が最も深く濃いものになっているのはこの最新作ではないかなと。多彩な曲調とラフで歪なサウンドメイク、その中に彼の抱える悲喜交々がどっぷり注ぎ込まれており、甘美なムードの中にもひりつくようなリアリティを持つ作品。

EARFQUAKE




42. AL 「心の中の色紙」

心の中の色紙

色々あって andymori が解散した後、小山田壮平は一体どうするのかしばらく気がかりではありました。別に彼のパーソナリティを詳しく知っているわけではないですが、音楽以外の道で生きていけそうなイメージがあまり湧かない、バンドには疲れたかもしれないしソロに転向するのではないか…などと勝手に考えていたら、彼はまたバンドを組みました。しかも彼と気心の知れた昔からの友達と。そして個人レーベルを立ち上げ、何のしがらみも、物語や文脈も付け加えられることなく、ただ好きな音楽を好きなようにやっています。小山田壮平長澤知之、二人にとってのおそらくパーソナルな景色、パーソナルな感情がロックンロールの音楽として輝く。もう何も言うことはありません。

AL / 花束 [MUSIC VIDEO]




41. 宇多田ヒカル 「初恋」

初恋

「Fantôme」とどちらを選ぶが本当に迷いました。ただ「Fantôme」は曲の裏側に彼女自身のヘヴィな経験、パーソナルな部分をどうしても嗅ぎ取ってしまうのですね。良くも悪くもあまりに重い。それに対しこちらは、「曲の歌詞が実体験かどうかなど、今日のパンツの色が何色かと同じくらい関係ない」とまで言い切る彼女の作家主義がストレートに表れているように思います。オルタナティブな個性とポップスとしての大衆性、どちらに比重を傾けるかというところで「Fantôme」と表裏の関係にある気がする。それでも今作に封じられたエモーションは並々ならぬものがあるわけですが。特にクローザー「嫉妬されるべき人生」の覚悟たるや。

宇多田ヒカル 『初恋』(Short Version)




40. Daft Punk 「Random Access Memories」

RANDOM ACCESS MEMORIES

時代の主流が完全にヒップホップや R&B に移行し、ダブステップ、EDM 、トラップと新しいクラブミュージックが台頭する中で、Daft Punk は果たして何をやるべきか。彼らは発想の逆転で見事勝利を手にしました。敢えて時代に寄ることなく、ファンク、ディスコ、AOR といったダンスミュージックのルーツに着目。生音が主体のプロダクションや大御所ゲストの惜しみない投入も功を奏し、まるで70~80年代への疑似タイムトラベルのような世界観を構成し、メインストリームに対する彼ら流のカウンターをキメると同時に、聴く人を選ばないスタジアムクラスの貫禄も示して見せるという。これ以上のスマートな回答が果たして他にあるだろうか?

Daft Punk - Get Lucky (Full Video)




39. kamomekamome 「Happy Rebirthday To You」

Happy Rebirthday To You

例えば Converge などを聴いても近しい感想が浮かぶのですが、メタル、プログレ、パンク、ハードコア等々、とにかくヘヴィと形容される音楽の様々を食い漁ることで培われる筋肉、運動神経というのがおそらく存在して、彼らはそれを十二分に体得したトップアスリートのような存在という風に見えます。夥しい手数や変拍子の嵐、その全てが難解な前衛性ではなく肉感的な即効性へと活かされ、フロアを隅々までモッシュダイブの熱狂で埋め尽くさんとする、そのエモーショナル極まりない気迫にとにかく圧倒される。オープナー「エクスキューズミー」の時点ですでにトップギアなのに、曲が進む毎にさらに体感速度が増していくのが化け物じみてる。流石ベテランのスジ者は違うわ。

kamomekamome「エクスキューズミー」




38. Björk 「Vulnicura」

Vulnicura

サウンド的には荘厳なストリングス・オーケストラとエレクトロニクスの融合という、彼女がデビュー時からずっと継続しているスタイルの踏襲ですが、それが Arca や The Haxan Cloak の助力もあり、余分な贅肉を排除して最新型へと変貌を遂げ、Björk という表現形態の、さらに核の部分にフォーカスした内容となっています。大切なものを失いそうになる最中の「Stonemilker」、そして失った後の傷の痛みに満ちた「Black Lake」、やがてその痛みから解放される「Atom Dance」と、丁寧に、かつ徹底的に自身の内面を掘り下げた結果、シナプスの興奮が弦、心音がビートと化したような、彼女の生身丸ごとの生き写しのごとき作品。それ故に美しさも悍ましさも他とは一線を画してる。

björk: stonemilker (360 degree virtual reality)




37. These New Puritans 「Field of Reeds」

Field of Reeds

管弦打楽器のゲストプレイヤーを数十人も招聘し、ロックバンドの枠に全く囚われないアンサンブル形式でクラシック音楽を再構築する、という意識で制作されたこのアルバム。その内容は慎重かつ繊細でありながら、ディストピア世界を彷彿とさせる重苦しさも強烈に発し、厳格で、威圧的すらある。音楽的にはデビュー時のポストパンク要素はもはや望むべくもありませんが、常に過去のスタイルから脱却して挑戦を試み続けるという精神性の点では変わっていない、むしろその思想により加速度がついた結果がこの作品、というようにも感じます。首謀者 Jack Barnett の耽美主義、そして完璧主義が目一杯に発露したひとつの極致。

These New Puritans - Fragment Two (Official Video)




36. downy 「第5作品集 『無題』」

downy 第五作品集『無題』

活動休止~再開を経たため9年のブランクを挟んでのリリースとなった今作ですが、常に自らに高いハードルを課し、凄まじい緊張感の中で活動を続けてきた彼らにとっては、むしろ毎年1枚のペースでアルバムを出していたことの方が異様だったのだなと思います。実際今作も新しい downy 像を提示しなければならないという使命感の下、アルバム2枚分のストックを没にしてようやく完成に漕ぎ付けたという経緯があります。それだけに今作は全編通して力の漲り方が半端ではない。ハードコアの獰猛さ、ポストロックの実験的知性、そしてこれまで以上にエモーショナルな高まりを見せるメロディ。全ての面において一段階上への前進を果たした、執念めいたものすら感じる作品。

downy - 曦ヲ見ヨ!




35. Jónsi 「Go」

Go [Explicit]

Sigur Rós 本隊の「残響」からこの Jónsi のソロ作までは、彼のキャリアの中で特にポップな意匠が凝らされている異色な時期で、純粋にメロディメイカーとしての優れた力量が確認できる重要な時期でもあります。歌詞は英語が多いながらもこれまでの神秘性を掻き消す結果にはならず、むしろ4~5分のポップソングという容れ物にその神秘性を過不足なくパッケージした、絶妙なバランス感覚による構成の美しさが光る。もちろんサウンドプロダクションの面でも妥協は見られません。従来のポストロックに由来する空間的サウンドデザインがあり、そこへ華やかで壮大なオーケストレーションも加わって、さながら映画の中の大自然のような世界観が拓ける。多幸感とはこのことか。

Jonsi - "Animal Arithmetic" (OFFICIAL VIDEO)




34. BUCK-TICK 「或いはアナーキー

或いはアナーキー(初回限定盤A)(DELUXE EDITION)(CD+Blu-ray+DVD)

ゴシック大作「十三階は月光」を作り上げてからの反動でロックンロール志向への回帰が目立ち、「RAZZLE DAZZLE」ではそこにテクノやニューウェーブの要素も合流、といったゼロ年代からの連綿たる作風の変化があり、その果てに生まれた今作でテン年代における B-T のスタイルは固まったと言って良いかと思います。前述した音楽要素は全て詰め込まれ、ゴテゴテに着飾ったキテレツな様相だけど異様なまでにポップ、それでいてシアトリカルな闇属性も存分に発揮。つまり集大成的でありながら極めて挑戦的。四半世紀以上のキャリアを経てもなおこれだけ現役感バリバリな脂のノリは何なんだと。彼らは往年のバンドではない。間違いなく「今」のバンドです。

[SPOT] BUCK-TICK「形而上 流星」2014.5.14 Release




33. Arcade Fire 「The Suburbs」

The Suburbs

よりシンプルで風通しが良く、それでいて彩り豊かとなった曲調もさることながら、歌詞が読むほどに惹き込まれてしまう。アルバム表題の「郊外」が全体のテーマとなっているわけですが、若かりし頃を過ごしたその郊外の街に対して、彼らは愛憎半ば、いや憎の方が比率は上か、そんな複雑な感情が見て取れます。ノスタルジックな感傷だけではなく、あまりに規則的で退屈な毎日、過疎化によって緩やかに廃退していく街の空気、そこから抜け出さなければという焦燥感、それら全てをひっくるめた一連の歌詞群は、実のところ田舎から抜け出したくて仕方がなかった自分の過去と重なる部分が多すぎて、どうしてもエモの高まりを禁じ得ない。他にも共感する人はきっと多いはず。

Arcade Fire - Ready to Start (Official Video)




32. The xx 「I See You」

I See You [帯解説・ボーナストラック2曲収録 / 国内盤] スペシャルプライス盤 (YTCD161JP)

これまで同様のシンプルな音数、洗練されたサウンドデザインを維持しながらも、その音の隙間に流れるムードはこれまでとは確実に別種のものとなっています。喜びから悲しみ、弱さから強さへと至る感情のグラデーションを微細に描き、そこには前にはなかった朗らかさ、暖かさといった色味も加わって、全体の起伏がよりふくよかなものに。そこからはまるで聴き手の抱える感情すべてをクッションのように受け止めてくれるような、スケールの大きい包容力が感じられる。これはある意味、大衆性を強めて真っ当にポップソング然としたとも言えますが、すでに本国 UK のみならず世界規模でトップバンドとなった彼らにとって、この変化はごく自然なことのように思います。

The xx - On Hold (Official Video)




31. THA BLUE HERBTHA BLUE HERB

THA BLUE HERB

セルフタイトルの名に恥じることなく、20年に渡る TBH の歴史がこの30曲に凝縮されており、その時間の厚さ、濃さがそのままラップに変換されたような言葉の数々にただただ圧倒されるばかり。自分はもう長いことヒップホップに対して苦手意識を持ち続けていたのですが、テン年代に入ってからようやくそれを払拭することに成功し、この作品でついに彼らの音楽、すなわち彼らの人生に触れました。出遅れ過ぎて多くの貴重な機会を逃してきただろうと思いますが、この作品はそんな自分も置いてけぼりにすることなく、大きな度量でグイとこちらの手を力強く引っ張り、彼らの人生についていくことを良しとしてくれた、ような気がします。そしてここからまた人生は続く。

THA BLUE HERB "REQUIEM"【OFFICIAL MV】




30. 銀杏BOYZ 「光のなかに立っていてね」

光のなかに立っていてね *通常仕様

振り返ってみれば、銀杏BOYZは結成された時点からまともでいられた試しなどありませんでした。峯田和伸の中にマグマのごとく滾るリビドーを表現として発散させることを最優先させた結果、満身創痍になりながらパンクを演るということになったのだと思うし、それはアルバム2枚のフルボリュームでとことん吐き出し切った。ただその後も彼らはステージを降りられず、その表現をさらに純度高くしようと自らに課した結果、パンクという様式、バンドという体裁すらも捨ててノイズに走らざるを得なかった、ということだと思います。まともではないけど思想としては一貫しているし、目的に向かうその流れは一点の澱みもなく透き通っている。彼らに間違いはひとつもなかった。

銀杏BOYZ - ぽあだむ (MV)




29. Oneohtrix Point Never 「Replica」

Replica [帯解説 / 国内盤] (BRC502)

OPN をヴェイパーウェーブの一派として数えるのは意見が分かれるかもしれませんが、ヴェイパーウェーブというジャンルに欠かせない特徴として「価値の転換」というものがあるなら、この作品こそヴェイパーウェーブの頂点のひとつと見做しても違和感は無いかと思います。80~90年代のテレビ CM 用音源をサンプリングして作成された今作は、サンプル元の意図や感触がすっかり剥ぎ取られ、残ったのはシュールな浮遊感と物悲しさ、あるいは得体の知れない恐怖感。作品に死があるとしたらそれは誰からも忘れ去られた時だろうし、その死んだ後の墓場を掘り起こして調度品を組み立てているような、この悪趣味な感覚こそが OPN 作品のミソでしょう。

Oneohtrix Point Never - Replica [OFFICIAL VIDEO]




28. Billie Eilish 「When We All Fall Asleep, Where Do We Go?」

When We All Fall Asleep..

Billie Eilish に対しては人によって様々なイメージがあることかと思います。不穏なサブベースや ASMR の音響を駆使したトラックはポップシーンの最新鋭と言えるものだし、主に現代のティーンにとってはファッションや言動の点でもオピニオンリーダーだろうし、旧来のロックファンにはかつてのグランジ勃興と彼女の躍進を重ねて見る向きもあるようです。それで自分はというと、これはポストパンクに端を発し、時代によってエレクトロポップやメタルなどとの融合、変容を繰り返してきたゴスミュージックの新たなパラダイムシフトではないかと。ゴス本来の退廃的な世界観に留まらないメッセージの数々も、自由な感性によってゴスの持つ可能性を拡張しているという風に見える。

Billie Eilish - bury a friend




27. マキシマム ザ ホルモン予襲復讐

予襲復讐

上の kamomekamome もそうですが、彼らもまたヘヴィと名の付く音楽を節操なく食い漁り、その結果体得されたセンスでもって強烈にキャッチーな曲を書くことに長けた猛者。四位一体のヴォーカル、シンプルかつダイナミックな旨味の詰まったギターリフ、そして巧みにギアチェンジする BPM 、それらは表題曲「予襲復讐」から「恋のスペルマ」に至るまで、筆圧の強い一筆書きのごとき極々自然な美しさを誇っています。初期に比べると展開が多くなって厚みも増し、言わば贅肉がゴテゴテと増えてきたわけですが、その肉のクドい脂身こそが麺カタこってりを身上とする彼らには必須だったと思います。偏屈なヤンキー中二思想、ロックオタクの矜持、マシマシ全部盛りの重量作。

マキシマム ザ ホルモン 『maximum the hormone』 Music Video (Full ver.)




26. Chance the Rapper 「Coloring Book」

Coloring Book [Explicit]

今作で特に目立つ音楽要素としてゴスペルがありますが、このゴスペルを導入すること自体はヒップホップ界隈では決して目新しいものではないかもしれません。しかしゴスペルの暖かさがエレクトロトラックのうねりと密接に組み込まれ、コーラスではカタルシスにも似た多幸感を生み出し、それが苦悩を越えて自由、希望を目指す Chano 自身のスタンスとも合致しているという、ここまで完成度の高い代物はそうないはず。差別や戦争、音楽産業への疑念など、あらゆる怒りをそのまま曝け出すのではなく、祈りにも似たポジティブな力強さに転換して前へと踏み出す。そうして新世代のスターダムを凄まじいスピードで駆け上っていく彼の姿は、出来過ぎかとも思うほどに感動的。

Chance the Rapper - Same Drugs (Official Video)




25. Chelsea Wolfe 「Birth of Violence」

BIRTH OF VIOLENCE (バース・オブ・ヴァイオレンス: +bonus track)

フォーク/カントリーの弾き語りスタイルを出自としながら、エレクトロニクスを導入したりドゥームメタルへと身を寄せたりと、試行錯誤を積み重ねて修羅のゴスミュージック道を突き進んできた彼女。それら実験の数々によってゴスという要素がいかに受け皿の広いものかを証明し続ける、その果敢な姿勢はあまりにも頼もしいものでした。そういった紆余曲折を経て元来のフォークへと回帰した今作。構造は至ってシンプル。しかしそれを取り巻く空気感は以前より明らかに重く、パーカッシブなリズムも呪術的な印象を増して響く。この音響面における精度の高さは過去のジャンル横断の経験があってこそのはずだし、その崇高さに畏敬の念は深まりばかり。

Chelsea Wolfe "Deranged for Rock & Roll" (Official Video)




24. ZAZEN BOYS 「すとーりーず」

すとーりーず

これまでのナンバリングタイトルから一転、曲名もアルファベットから日本語となった今作は、キャリアにおける転換点というよりもこれまで彼らが培ってきた経験の総決算であり、自らの個性の純度をますます高めてきたという印象があります。奇数拍子を多用したつんのめり気味の鋭角ファンクグルーヴ、今までよりも密接にアンサンブルの骨格に組み込まれたシンセ類、そして向井秀徳の酩酊とも素面ともつかないユーモアの数々。「暗黒屋」「泥沼」ではバカテク通り越して大道芸の域に到達した演奏を堪能でき、「すとーりーず」「天狗」での情緒の渋味にも深くグッと来る。ザゼンザゼンたる要素が一切の無駄を削いで濃縮された決定打。




23. David Bowie 「Blackstar」

Blackstar

ラストを飾る「I Can't Give Everything Away」、この「全ては渡せない」というメッセージがボウイの最後の言葉というのは、いくらなんでもちょっと出来過ぎじゃないかと思います。今作だけを見ても、彼が自身の死を予期して書いたであろう「Lazarus」や「Dollar Days」はまだしも、約10分に渡って悍ましくも美しい世界を描いた表題曲「Blackstar」や、「機械仕掛けのオレンジ」の作中で使われた人工言語を用いたという「Girl Loves Me」など、不可解な部分も多い。ジャズに傾倒したチャレンジングな音楽性も併せて、10ある内の10を簡単には聴き手に理解させない、それこそがアート、またボウイの在るべき姿だというメッセージ。ボウイは最後までボウイを全うしました。

David Bowie - Lazarus (Official Video)




22. Cloud Nothings 「Here and Nowhere Else」

Here & Nowhere Else

パンク、ハードコア、エモ、パワーポップオルタナティブ…名前は色々ありますが、ともかく荒々しいギター主体で構成されるロックのサブジャンル、それら全ての中間に位置するようなこの作品は、自分にとってはこれでもかと言うほどド直球の、純度100%のロックンロールに見えます。生々しい歪みと闇雲に突っ走るリズム、その中で胸の内に溜まった澱みを大声で吐き出す。ポップなメロディは怒りのギアを加速させる潤滑油。収められた8曲全てが物悲しいまでの焦燥感に満ちている。流行るとか流行ってないとかではない、これをやらなければ前に進めない。そんな自己に対する使命感のようなものすら透けて見えてくる。ロックは決して死ぬ事は無い。

Cloud Nothings "I'm Not Part of Me" (Official Video)




21. レミ街 「フ ェ ネ ス テ ィ カ」

フ ェ ネ ス テ ィ カ

色々と音楽を聴き漁っていると、現代の音楽制作において新しく革新的とされるアイディアはもうすでに出尽くしていて、あるのは過去の音楽のリバイバルか、異なるジャンル同士の足し算による別のバランス感覚へのシフト、あるいはテクノロジーの進化による音像の変化、くらいではないかという思いがどんどん強くなってくるのですが、それは聴き手の驕りに過ぎないと言わんばかりにバシッと平手打ちしてくれるような作品に出会えることもたまにあって、この作品はソレ。これも突き詰めればエレクトロニカやインディフォークなど足し算の一種と言えるかもしれませんが、その手法があまりにも自由過ぎて、自分にとっては他で聴いたことがない形の歌ばかりでした。

レミ街 (Remigai) - "CATCH" Official Music Video (2015)




20. DIR EN GREYARCHE

ARCHE

ゼロ年代以降のヴィジュアル系にとって大きな指針を示した国産メタルコアの傑作「Withering to death.」をリリースした後も、彼らはなおスタイルを変化させて前へと向かうことを辞めず、デス/ブラック/プログメタルの複雑怪奇な道程を経てきました。その長い修練の末に再び彼ら独自の耽美なメロディへと回帰した、つまりこれまでのキャリアの集大成となったのがこの作品です。変幻自在な京のヴォーカルスタイルに導かれるようにして、曲展開は奇想天外な方向へと捻じ曲がり、それでも最終的にはポップであり、ヴィジュアル系であり、ディル以外の何物でもないという結論に落ち着く。世界中を見渡しても代替品など見つからないであろう確固たるオリジナリティが完成した、あまりにも輝かしい記録。

DIR EN GREY - Revelation of mankind (Promotion Edit Ver.) from 9th ALBUM『ARCHE』




19. Galileo GalileiPORTAL

PORTAL(初回生産限定盤)(DVD付)

このアルバムを作り上げる際に、彼らは海外のインディロックバンドの数々を影響元として挙げていますが、それは彼らの音楽的嗜好が洋楽寄りというだけではなく、歌詞の中で描く優しくも残酷な童話のような世界観、それをリアルに体現させるには必要なエッセンスだったのだと思います。フォーク、ダンスパンク、ドリームポップ等々、それらが柔らかな音像の中で密接に溶け合った楽曲は、聴けば聴くほどに新たな発見が生まれるほどの密度。当時まだ20歳の彼らが制作環境も変え、メンバーも変え、方向性をドラスティックに変貌させていったというのは、もはや彼らの中にある種の業と言うか、切迫した使命感のようなものが宿っていたようにしか見えない。日本でも海外でもなく、彼らの内にしかない世界を誠実に描き切った傑作。

Galileo Galilei 『青い栞』




18. FKA twigs 「MAGDALENE」

Magdalene [解説・歌詞対訳付 / ボーナストラック1曲収録 / ステッカー封入 / 国内盤] (YT191CDJP2)

彼女の楽曲、MV 、またライブを実際に見た時にも、彼女から第一に受ける印象は、前衛的なアート性であったり、冷徹さ、あるいは未知の何かを見る時の畏れ、というようなものでした。しかしその奥底の部分にはむしろ極めて人間味に溢れた感情が渦巻いており、このフルレンス2作目ではその激しい内面の揺れが以前よりもはっきり露呈しています。ピアノバラードや R&B ポップといったある意味地に足のついたフォーマットに寄り添いつつ、時には獰猛な重低音が走ったりのフリーキーなサウンドデザインにより、そのパーソナルな悲哀がいかにコントロール不能なものであるかを、雄弁かつ的確に描き切ってる。自らへの問い掛けを何度も繰り返す「Cellophane」などはもはや痛々しいほど。何故ここまで自身の内面を無防備に晒さなければならないのか。

FKA twigs - Cellophane




17. Radiohead 「A Moon Shaped Pool」

A Moon Shaped Pool [国内仕様盤 / 解説・日本語歌詞付] (XLCDJP790)

オーケストラを招聘してクラシック要素を大幅に増し、それがバンドサウンドやエレクトロニクスと境目なく融和して、ますます密度の濃いテクスチャーとなったサウンド。それは所謂ポストロックやアンビエントともまた質感の異なる独創的なもので、それはやはり Thom Yorke の歌ありき、バンドでの演奏ありきの曲作りをしているが故の個性だと思います。「Burn the Witch」でのマイノリティに対する抑圧、「Daydreaming」での現実からの逃避、また Thom の前妻 Rachel Owen との別離が影響したと思しきラインもそこかしこに見られるなど、 静かな怒り、悲しみ、諦念などの様々な感情が音の中に溶け合い、ひとつの奔流を成しているかのよう。そしてその終着点が「True Love Waits」。聴き終えた後には頭の中が真っ白になってしまう。

Radiohead - Daydreaming




16. tofubeats 「lost decade」

lost decade

清冽なディスコポップからムーディで感傷的な R&B 、エネルギッシュかつ挑発的なヒップホップ、そしてエッジの効いたインスト曲までをも J-POP として統合してしまう、そのボーダレスな手腕はむしろ今聴いた方が鮮烈に感じられるかもしれません。ただそうした先鋭的な刺激以上に、幸福な夢から覚めた後の余韻と虚無感を漂わせる「intro」に始まり、幸福な夢が永遠のもののように感じられる表題曲「LOST DECADE」で終わるという構成、そこから河合佑亮の並々ならぬエモーションを感じずにはいられない。bandcamp やネットレーベル時代からのキャリアを結集し、そこで生まれたパーティの高揚感、その輝かしい熱量が決して途絶えたり、何者かに押し潰されてしまわないよう、未来へと繋いでいく。そんなある種の決意表明であるようにも見えます。

tofubeats - No.1 feat.G.RINA(official MV)




15. ペトロールズ 「Renaissance」

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浮雲こと長岡亮介については東京事変加入の頃に存在を認知していながら、その魅力を十分に理解するにはそれから随分と後、フジロックでペトロールズの演奏を体験するところまで時間が空いてしまいました。そもそもルーツがカントリー/ブルーグラスとのことで、様々なテクニックや音階を駆使し、良い意味で非ロック的なフレーズを連発する彼のギタープレイは、自分にとっては摩訶不思議と言うか、あまりにも自由すぎて聴いているだけで目が廻るような心地を覚えます。もちろんリズム隊もその自由さに呼応し、淡々としつつファンキーな躍動、奇妙な聴き心地の和音を加えることで楽曲をさらにユーモラスなものに仕立ててる。奔放な遊び心の中に情感の揺れが見え隠れし、胸の隙間にスルスルと忍び込んで行くような音楽。これこそが大人の粋。




14. Kendrick Lamar 「To Pimp a Butterfly」

To Pimp a Butterfly

ヒップホップの歌詞には山ほどの引用、文脈が含まれているのが常で、特にテン年代の音楽シーンを制覇した彼の紡ぐ歌詞ともなれば、卓越したラップスキルを駆使して韻もメッセージも超特盛で、その全てをきちんと把握できているかと言われると正直自信はありません。ただ彼が世界の情勢、黒人の歴史や現状を極めてシビアな目で見つめ、しかしシリアスに陥り過ぎることなく、サウンド的にはともすればユーモラスな軽みすらも身につけながら、前に踏み出すための力を唱えている、ということは汲み取れます。差別や分断、心の壁、自己嫌悪、それらを乗り越えた末に零れる言葉としての「Alright」。クラウドを煽るための軽い言葉では全く無い。むしろ重たく圧し掛かる。しかしここまで起爆剤たり得る言葉も他に無いと思う。時間をかけて隅まで味わいたい作品。

Kendrick Lamar - Alright




13. Lorde 「Melodrama」

Melodrama

ニュージーランドの郊外から Soundcloud での無料配信に始まり、あれよあれよという間に世界規模のスターダムにのし上がった彼女。凄まじいスピードで環境が移り変わっていく中で、彼女は怯むどころかスターダムを制覇してやろうと言わんばかりの前のめりの姿勢を見せています。10代から20代へかけての多感な時期、そこで体験した失恋や孤独、また絆の暖かさなど自身の内に立ち昇る悲喜交々、それこそ「メロドラマ」をフック満載の高性能ポップスで情感豊かに歌い切る、その毅然とした立ち振る舞いはかつて彼女が決してなれないと歌っていた「高貴」そのものではないかと。「The Louvre」の中で彼女は「この胸の高鳴りをブロードキャストして世界中を踊らせてみたい」と歌っていますが、それを実際に成し得るほどの力を、彼女は持っています。

Lorde - Green Light




12. KOHH 「UNTITLED.」

UNTITLED

テキトーなどと嘯きながらも、彼の持つ哲学はデビューの頃から今作に至るまでずっと一貫しています。詰まるところ、好きなことだけをやる。周りの言うことは気にしない、という至極シンプルな矜持。それはつまり自分が望むものは何か、自分に何が出来るか、という「自己」に対する徹底的な問いかけでもあると思います。直向きに内省を続ける歌詞はますます流暢に、かつピントが絞られて突き刺さるような強さを持ち、サウンドもそれにつられるように無駄が削がれてダークな緊張感を孕むようになった。様々な毀誉褒貶を受けながらも、彼は自身へと向かう激しさをずっと止めず、遂に孤高の領域へと歩を進めることに成功しています。他にはない自分だけのやり方で、彼は勝利を手にしつつある。

KOHH - I Want a Billion feat. Taka (360 Degree)




11. andymori 「ファンファーレと熱狂」

ファンファーレと熱狂

自分は andymori のライブを1度だけ見ることが出来ました。小山田壮平が事件を起こしてから1年後、最後の日本武道館に向かう最中のとあるイベントで。そこで彼らは何かしら特別な言葉を発することなく、淡々と曲を演奏し続けていました。それ以外に自分達に出来ることはないと言わんばかりに。そうして直向きに燃え尽きていく彼らの姿を見送った後に、皮肉と欲動、失望と希望、未来への様々な予感が詰まったこのアルバムを振り返ると、何ともセンチメンタルな苦々しさで身を潰されるような心地になります。行き先不明の途方もないエナジーエヴァーグリーンなメロディライン、そして全体にそこはかとなく通底する虚無感。自らを痛々しいまでに擦り減らしながら、彼らはロックバンドを美しくやり遂げました。

andymori「CITY LIGHTS」




10. Arca 「Arca」

Arca [帯解説・ボーナストラック1曲収録 / 国内盤] (XLCDJ834)

オペラチックな厳かさを湛えた自身のヴォーカルをフィーチャーし、これまでのフリーキー極まりない音像からすると驚くくらい真っ当に歌モノとしての体裁を整えている今作。そこに初のセルフタイトルを冠しているという点を見ても、実験的プロデューサーではなく自作自演のシンガーソングライターという括りこそが、彼の実像を捉えるには相応しいのだと思います。ただそれは逆に言えば、歌モノという体裁をどれだけフリーキーに拡張させられるかというひとつの挑戦でもある。神経症的なエレクトロニクスはこれまでよりも広々とした奥行きを見せ、孤独や不安、深い愛情の希求を吐露した歌は悍ましいほどに切迫したもの。これまで正体不明の地球外生命体か何かに思えた彼という存在が、血の通ったひとりの人間として全霊を投影し、これまでのグロテスクな美しさをさらに高次元へと押し上げた決定打です。

Arca - Desafío




9. THE NOVEMBERS 「ANGELS」

ANGELS

彼らにとって「美意識」というのはデビュー当時から最も拘っているところでした。バンドが鳴らす轟音をいかに練り込んでいくかというプロダクション面でもそうだし、世界や自分自身に対して常に問題提起を続ける歌詞、そして自分達が影響を受けてきた先人にリスペクトを払いつつ、それをどう自己流にアウトプットするかというミュージシャンとしての姿勢についてもそう。それらについていかに妥協を無くして筋を通していくかというのが、彼らの中では美しさを追い求める、美意識を高めていくということと道義であるように見えます。そしてその美しさは作品を重ねるごとに着実に純度を増し、この現時点での新作ではいよいよ他の追随を許さない凄味にまで到達しました。もはや畏怖の念すら呼び起こされるエレクトロニクスとギターノイズの、禍々しくも煌びやかな結晶。

▲THE NOVEMBERS「BAD DREAM」(OFFICIAL MUSIC VIDEO)▲




8. St. Vincent 「MASSEDUCTION」

MASSEDUCTION [LP] (OPAQUE PINK COLORED VINYL) [12 inch Analog]

ドギツい原色ラバーボンデージで着飾ったヴィジュアルアートと共鳴するように、これまでのバロックポップ路線からキッチュなエレクトロポップへと方向転換。それによって Annie Clark が本来持つポップセンスが一層際立ち、奇矯なギタープレイとの相性も抜群で、彼女の本質がより生々しくアグレッシブに表出しています。歌詞のテーマは一貫してセックス、ドラッグ、そして悲愴。つまりは世の人間全てが抱え込んでいる普遍的な業だと思いますが、その内なる激しさを出来得る限りのキャッチーなフォルムに押し込んで大放出。露悪的なフェティシズムが際立った「Los Ageless」、それと綺麗に対を成す繊細な美しさの「New York」という東西二大キラーチューンを軸とし、ダイナミックな感情の振り幅をコンセプチュアルに纏め切った一大アートポップ劇薬盤です。これほど綺麗に組み上がった混沌が他にあるだろうか。

St. Vincent - New York (Official Video)




7. きのこ帝国 「愛のゆくえ」

愛のゆくえ

「東京」「クロノスタシス」の2大名曲を含む「フェイクワールドワンダーランド」ももちろん傑作ですが、アルバム全体のトータリティやバンドの音楽的変遷、そしてヴォーカル佐藤千亜妃のソロワークにおけるスタイルの変化を考えても、彼女らのカタログの中で最も充実した集大成的作品は今作だと自分は思います。NUMBER GIRL の洗礼に始まり、シューゲイザー/ドリームポップへの憧憬、そこからフィッシュマンズの深遠、そして R&B ポップへの接近という複雑な道程。それらの要素全てがひとつに溶け合い、様々な愛の形、様々な愛の顛末というテーマの下に統合された、壮絶なまでに美しい代表作。来る所まで来た感のある彼女らがこの後に全ての肩の荷を降ろしたスダンダードポップ作「タイム・ラプス」を発表、そして活動休止となったのもある意味納得ではある。テン年代において最も綺麗な羽化を果たしたバンドは彼女らかも。

きのこ帝国 - 愛のゆくえ




6. 神聖かまってちゃん 「みんな死ね」
5. 神聖かまってちゃん 「つまんね」

みんな死ね
つまんね

上の tofubeats と同じく、楽曲完成から即座にネット上へアップロードという体感速度の速さ、周囲の思惑の2歩3歩先を行く活動スタンスで、一時期のの子はネット発の新世代として先頭を突っ走っていました。ただの子の場合は、活動戦略的な考えもあったでしょうが、それよりも自分にとっての安息の場所がリアルよりもネットであり、自分の表現を世に広く伝えるにはネットの方が親和性が高かった、という本能的感覚に依るところが大きかったのではないかと思います。この2枚に詰め込まれたのは日常的にはそうそう口に出せない鬱屈や破壊衝動、そして落ち込み切った底から這い上がろうと足掻き続ける力強さ。そのあまりにもグロテスクで美しい歌の数々は、ネットを出自としながらリアルよりもずっと生々しい生命力に満ち溢れています。凡庸ではいられなかったひとりの人間が抱える業のすべて。

天使じゃ地上じゃちっそく死  PV神聖かまってちゃん
ベイビーレイニーデイリー PV 神聖かまってちゃん




4. Mitski 「Be the Cowboy」

Be the Cowboy

彼女の影響源として松任谷由実中島みゆきなど往年のニューミュージックがあり、同時に椎名林檎も存在しているとのことで、そういったバックボーンが前作「Puberty 2」以上に分かりやすく、自由な発想でカラフルに発揮されているのが分かります。メロディはより洒脱な軽みを帯び、アレンジ面ではオールディーズ、フォーク/カントリー、オルタナティブロックの境目をしなやかに遊泳。リード曲「Nobody」などは海外のシティポップブームとも共振する鮮やかさで、J-POP の最も芳醇に熟れた部分が理想の形でグローバライズされたような趣きがある。ヴァースやコーラスの繰り返しを極力排除し、ほとんど全曲が1~3分の間で収められた簡潔な構成、しかしその中で歌声が見せる情感の揺れは、楽曲のスムーズさとは真逆を行くかのような複雑さ。寂しさや後悔を抱えながらも、理知的で凛とした立ち姿。これが彼女なりのカウボーイ像か。

Mitski - Nobody (Official Video)




3. あさき 「天庭」

天庭

あさき自身は自らの音楽性を(何処まで本気かはさておき)京都メタルと表現していますが、彼のルーツでもあるヴィジュアル系の特色を多く含んでいるので、乱暴に言えばその界隈に属する音楽かと思います。ただそれはひとつひとつの細かなパーツがV系的だというだけで、実際にそのパーツを使って全体像を組み上げる時に、彼のようなことをしている人を自分は他に見たことがありません。プログレッシブでありながら豪快な一筆書きのように筋道の立った曲構成や、情報量の多いアレンジの中でも聴かせ所を明確に立てたメリハリの妙技など、理論的に極めて高度なことを成し遂げていると思うのですが、そうしたインテリジェンスがまるで明後日の方向に活かされていると言うか、どの曲を聴いても何故そんなアイディアが湧き出るのか?の雨霰。自分にとってはこの自由さこそV系が本来持つ魅力だった、という意味で今作こそがテン年代V系の最高峰と言ってしまいます。方々から反感を買いそうだけど。

[PV]天庭 - あさき (TENTEI - ASAKI)




2. James Blake 「James Blake」

James Blake

自分がテン年代のトラップやオルタナティブ R&B など、エレクトロ方面の音楽に興味を抱くことが出来ているのは、テン年代初めの頃にこのアルバムに触れていたのが大きな要因なのでは、などと思ったりしています。これまでのダブステップ・トラックメイカーという肩書からさらに発展して、咽び泣くような憂いたっぷりのヴォーカルを活かし、シンガーソングライターとしての側面をアピールしたこの初フルレンス。徹底的に無駄を削ぎ落とし、そのぶん音のひとつひとつが異様なまでに研ぎ澄まされ、実験的に散りばめられた音の破片すべてが、歌の醸し出す哀愁と密接に組み込まれてる。変調されたりブツ切りにエディットされた声、可聴域ギリギリの不穏なベース、それらが揺れ動く情感に寄り添い、表現をより精緻なものとしています。中心の歌の作りがオーセンティックであっても、サウンドプロダクションによって新たな姿を提示することができる、作曲という行為にはまだまだ未開拓の可能性がある、ということをはっきりと理解させてくれた、その決定的な瞬間。

James Blake - The Wilhelm Scream




1. PUNPEE 「MODERN TIMES」

MODERN TIMES

テン年代に入ってからようやくヒップホップへの苦手意識を克服し始めた自分にとって、この作品がヒップホップという音楽の見方、聴き方を改めさせられた決定打でした。40年後の自分が過去を回想するという映画仕立てのコンセプトといい、ポップな前半からシリアスな後半、そして大団円へと向かう劇的なアルバム構成といい、もちろん個々の楽曲の粒立った個性といい、何処を切り取っても申し分ない仕上がりなのですが、何より PUNPEE の拘り、主義思想が全体にありありと表れてるのが良い。もちろん肩肘張らない飄々とした姿勢ではありますが、自身のコメンタリーで明かされている通りどの曲にも様々な引用、メッセージが詰め込まれており、それらを筋道立ててアルバムとして組み立てていった結果、その軽妙な手つきとは裏腹のエモーショナルな重みが全体に宿っているような気がする。ヒップホップ本来の魅力を立てつつ窓口を大きく広げ、マスにもコアにもリーチした傑作という以上に、自分自身を丸ごと投影してポップアートに昇華したような、ひとりの表現者が世につけた確かな爪痕、というくらいの凄味を個人的には感じています。

PUNPEE - タイムマシーンにのって (Official Music Video)




ということで、テン年代の総括は以上となります。この10年を振り返ってみた時に、ラップをちゃんと聴けるようになったのが自分の中では一番大きかったかな、と思ったのでこういうランキングになりました。果たして20年代はどうなることでしょうね。ラップの天下がまだ続くのか、ロックのリバイバルが起こるのか、そもそも自分がまだ音楽を聴き続けていられるのか。先のことは何にもわからん。ただ時間の流れに身を任せ、力入れて進んでみたり、時には逆らったり、そんな感じでゆらゆらやっていきたいものです。最後になりましたが、長いこと読んでくださった皆様に深い感謝を。