戸川純 「玉姫様」 「極東慰安唱歌」 「好き好き大好き」

TOGAWA LEGEND SELF SELECT BEST&RARE 1979-2008

TOGAWA LEGEND SELF SELECT BEST&RARE 1979-2008

先日こんなのが出てましたね。約30年に及ぶキャリアを総括する3枚組ベスト盤。俺は全くの後追いな上このベスト盤には値段が高くて手を出してないんですが、それでも何だか感慨深い気分になってました。空白の期間はあるにしてもよく30年も続いてたというか、むしろ今でも生きてること自体が奇跡のような人ですよね。何はともあれ、これのリリースに触発されたので戸川純関連のカタログを追ってみたいと思います。まずはソロ名義の3枚。



玉姫様(紙ジャケット仕様)

玉姫様(紙ジャケット仕様)

ソロとしてのデビュー作。オリジナルは84年発表。


彼女の関わる作品はどれもこれも怪作なんですが、その中でもこれは初ソロ作にして屈指の怪作度。基本的には80年代ニューウェーブポップを主軸としつつ、細野晴臣上野耕路など様々なミュージシャンが関わっており、楽曲はヴァラエティに富んでいます。不安定なオルガンと歌声のみが篭りまくりの音質の中で浮遊する 「怒涛の恋愛」 、鉄槌のようなパーカッションとラフなアコギに乗って、ドロドロのマゾヒズムが異様な軽やかさで歌われる 「諦念プシガンガ」 、ヤプーズに通じる可愛らしいシンセポップ 「昆虫軍」 、アンビエントなムードの中に不穏な妖しさが立ち込める実験作 「憂悶の戯画」 、印度式メロディとコロコロ表情を変える演劇風ヴォーカルが最高にシュールな 「隣りの印度人」 、女性の生理現象を独自の視点で生々しく描いた 「玉姫様」 、ワルツ調の流麗なピアノが清涼水のように心地良い 「森の人々」 、「アンチョン イイイイイイイイ ヤッハ」 が全てな 「踊れない」 、優雅なフルオケ演奏による 「パッヘルベルのカノン」 に意味深な歌詞を乗せた 「蛹化の女」 、以上コンパクトながらも濃さ満点の9曲。日本の音楽シーンにひっそり深い影を落とす業火盤です。


Rating: 9.6/10



極東慰安唱歌(紙ジャケット仕様)

極東慰安唱歌(紙ジャケット仕様)

戸川純ユニット名義による2作目。オリジナルは85年発表で、リイシュー盤には2曲追加されてます。


今回は少し特殊な内容。沖縄やアンデスの民謡、小学校校歌のカヴァーまでも含んでおり、それに合わせてかオリジナル曲も昭和レトロ歌謡風のメロディが多く、全体的に企画色の強い内容になってます。メロディが立ってるという意味では聴きやすくなってますが、歌詞に詰め込まれた情念は相変わらずの濃さを保っており、それがダイレクトに伝わりやすくなってるとも言える。可愛らしくも切ないメロディに乗せて底なしの悲しみが歌われる 「眼球綺譚」 、冷徹なインダストリアルビートから何故か運動会風の陽気なマーチに突入する 「戸山小学校校歌〜赤組のうた」 、シリアスで刹那的なエロティシズムが迸る 「極東花嫁」 、荘厳でドラマチックなフルオケが重く圧し掛かる 「勅使河原美加の半生」 、細野晴臣によるタンゴ風テクノポップ 「夢見る約束」 など粒揃いの内容。また追加曲の 「家畜海峡」 はひたすらに無情で薄ら寒い数え歌、 「人間合格」 は 「あまりにも人間的な」 歌詞。この2曲はレトロなメロディという点では他と共通してるけど、その業の深さは確実にピーク値を記録してる。どちらも本人の作詞作曲というのがまた唸るしかないというか。民謡/昭和歌謡の独特すぎる解釈。


Rating: 8.8/10



好き好き大好き(紙ジャケット仕様)

好き好き大好き(紙ジャケット仕様)

オリジナルは85年発表のソロ3作目。


ここで大胆な方向転換を図ってるんですが、それがよりによって正統派80年代アイドルポップ (苦笑) 。1発目 「ヘリクツBOY」 の時点でもう、色んな意味で凄い。こっちが赤面しそうなタイトルからしてそうですけど、よくテレビとかで見る昔のアイドルソングのまさに典型を行った曲調。 「図形の恋」 「遅咲きガール」 なんかも同様ですが、純さんは完全に猫被ったみたいな歌い方だし、寒いセリフとか入れてるしで無理してる感バリバリ。歌詞の情念深さという点では一番の 「さよならをおしえて」 やフォルクローレ調の寂寥が滲む 「オーロラB」 では従来の個性がまだ出てる方ですが、やはり前2作と比べるとアングラ度や説得力が足りないし、全体として見てもどっちつかずの状態に陥ってしまってる。一般層へ売りにかかってたのか確信犯的なパロディなのかは分かりませんが、何にしても悪い意味での痛さが目立ってばかりで完全に逆効果。でもキャッチーな名フレーズ 「愛してるって言わなきゃ殺す!」 が生まれたのは唯一の救いか。以前とは別の意味での異形ポップスと化した問題作。


Rating: 4.4/10


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